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2017年6月11日雑記 

やはりFC2再開いたします!


5月22~23日と学生時代の同級生と信州に旅行してきました。


22日に東京駅に午後1時半に待ち合わせ、北陸新幹線で長野へと向かいました。

私、北陸新幹線に乗るのは初めてなのです。

昔、信越線でたまに長野方面に行きましたが、車窓風景はそれに近いものでした。

約1時間40分で長野駅に到着しました。

今日宿泊する旅館へは、そこからタクシーで約20分でした。


こちらが宿泊する信州中尾山温泉『松仙閣』です。

コミックが原作で、TVアニメ放映されたの『長門有希ちゃんの消失・合宿編』の中に、全てそのままで登場しますので、興味のある方は御覧ください。

何しろ山間の一軒宿で、なかなか秘湯感がありました。

平日ということもあり、宿泊客は少なめでした。

その中で、学生風の若者の4~5人のグループがいましたが、もしかして『長門有希ちゃんの消失・合宿編』の聖地巡礼なのかもしれません。

実は、この旅館からほど近いところに、以前釣り堀と、山小屋風の喫茶店がありまして、40年前にほぼこのメンバーで訪れていました。

何か、懐かしさがこみ上げてきました。

温泉もなかなか良かったです。

夕食は、我々専用のお座敷にテーブルと椅子が用意されていました。

そこに、地元でリンゴ園を経営しているTさんが現れました。

Tさんは学生時代Oと下宿が同じでした。

学科は英語学科で、年齢も我々より上でした。

学生運動に没頭して大学に8年間在籍したのです。

Tさんも交え、夕飯は盛り上がりました。

酔いに任せて、私は若かりし頃の辛い恋愛話を披露してしまいました。

少し、後悔しています。

そして、夕飯が終わり、Tさんは軽トラックで帰宅されました。

翌日、善光寺の観光をしました。

私は、15年程前に家族で赤倉温泉に行く途中立ち寄りましたので、これが2回目となります。

その時も5月で、真夏のような暑さでしたが、今回も太陽がまぶしいくらいでした。

境内にはドイツ人の団体の観光客がおり、学生時代ほとんどドイツ語の勉強をしなかったSが、片言のドイツ語で話しかけたのですが、先方は通じたのか分かりませんが、愛想笑いをしていました。

実は、私を除く3人は今年10月の10日間ドイツ観光をするのです。

費用約100万円・・・私にはお金も暇もありません。

うらやましい限りです。

そして、その後、Sが観光ワイン農園に行きたいと、またまたわがままを言い出しました。

何しろ、今回の旅行も山菜が食べたいからと実現したのです。

そして長野駅前でタクシーを拾いました。

運転手さんに観光ワイン農園に案内していほしいと告げたのですが、この近くにはないとのことで、もしかしてと葡萄の産地である須坂へと向かいましたが、そこでも見つからず、小布施へ行きました。

予想通り、そこでも結果は出ませんでした。

Sは何しろワインが飲みたいの一点張り!

まあ、これ位のわがままと、マイペースさがないと社長として大成しなかったのでしょうが・・・

そして、仕方なく小布施で洒落たレストランに入りました。

そこで、もちろん(!)ワインとソーセージ等のつまみに舌鼓を打った次第ではありますが・・・少し疲れました。

その後、長野駅ビルの蕎麦屋さんに入りました。

時間的なものもあるのでしょうが、店内はお客さんで溢れていました。

私は、温かい山菜そばを注文しましたが、びっくりです!

そのサイズにです!

通常の倍近いのです!

大食漢の私でさえ、お腹がいっぱいになりました。

キノコ等、山菜が大量に入っており、大変美味しかったです。

そして、一路帰路につきました。



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2017年6月2日雑記 


皆様お早うございます。


実はお知らせがあります。


しばらくこのFC2ブログを休ませていただきます。


しかし、ブログは継続します。


これからはAmeba(アメーバー)を御覧ください。

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2017年4月29日雑記 

今年も早や4か月が過ぎようとしています。

またまた、ブログをサボってしまいました。

基本、この時期は、花粉症、気候の変化による心身の不調等・・・

一年で一番苦手な時期なのです。

特に、桜が満開となる頃は、見た目には感動を覚えるのですが、どこが虚しさを感じてしまいます。

人生では、桜が咲いたことはなく、逆に散ってばかりだったからでしょう。

業務は相変わらず忙しく(何しろぎりぎりの人数ですので・・・)、一日が終わるとぐったりです。

まあ、しかし私のような年齢で、勤め先があることだけでも良しとしなければならないのでしょう。

最近は、昔からの友人たちとも、没交渉状態です。

唯一、大学時代の同級生との付き合いのみです。

それも、Oが頻繁に私に連絡をくれるので、それもあるのでしょう。

Fが癌の闘病の末他界してから一年になろうとしています。

本当に早いものです。

しかし、Fの代わりに、大男のOが加わり、一応4人体制(偶数が一番なのです)は継続しています。

この他にも、金沢にいるY、山口と東京を往復してるM、那須にいるSと、総勢7人態勢になるかもしれません。

私の出身大学の最寄りの駅名に、4月1日から大学名が付きました。

まあ、隠すこともありませんが、『獨協大学前(草加松原)』です。

昔から話には出ていましたが、実現はされなかったのです。

基本、この場所は、全国有数の大規模団地の草加松原団地の建設に伴い出来た駅だからです。

その後から大学が建設されたのです。

当然、駅名は『草加松原団地』となります。

しかし、団地は建て替えが終わり、中層住宅から高層住宅へとなり、様変わりしました。

また、街の活性化には、若者を引き付けることが必要とされていました。

それもあり、地元の大学である獨協大学を駅名にして、若者の多くいる街としてのイメージをアピールしたのです。

元々、獨協大学は、東武鉄道とは切っても切れない縁があることも一因ではあるでしょう。

創立当時の理事が、東武鉄道の理事でもあり、大学建設でも大変御尽力を頂きました。

また、獨協学園として、本当に長年の夢、目標でありました医学大学の建設でも東武グループの役割は大でした。

そうです、栃木にある獨協医科大学です。

元来、獨協学園は、中高からドイツ語が必修でした。

多くの在校生は、医者の子弟でした。

以前の医学の中心はドイツ医学でした。

ドイツが医学の最先端でした。

しかし、数十年まえから、医学の中心はアメリカになりました。

う~ん・・・少し脱線しました!

本来は、獨協大学の敷地内、または近接地に設立したかったと思いますが、それは不可能でありました。

それも含めて、地域医療に貢献するという目的で栃木県が選ばれました。

卒業からうん十年が経ち、校舎も次々と新しく立て直され、駅名も大学の冠が付き、本当に今の学生はうらやましい限りです。

しかし、私の時代の大学にもある意味での郷愁を感じます。

当時は、今よりかなり偏差値も低い状態でした。

しかも受験科目は、英語のみでした。

入学してくる学生も、英語だけは好きだけど、他の科目には全く関心がない、嫌いという学生たちでした。

かくゆう、この私がそうでした。

ただし、英語も嫌いでしたが・・・

大体、暗記中心、要領中心の受験勉強にはうんざりしていました。

私の自宅は横浜でしたので、通学片道2時間でした。

日比谷線では、途中、広尾、六本木、銀座とモダンでおしゃれな街を通ります。

この時点では、かなり良い気持ちなのです。

しかし、上野、箕輪、南千住、北千住と来るにつれ、憂鬱になりました。

失礼になりますが、乗客の品が違ってくるのです。

そして、最寄りの『松原団地』に着くと、そこには団地が広がるだけでした。

大学施設も、敷地も狭かったです。

しかし、校舎は当時ではモダンな作りでした。

また、同級生もユニークな人の集まりでした。

一流高校の落ちこぼれと、2~3流行高校の優等生の集まりでした。

私は、ドイツ語学科でしたが、既にドイツ語がペラペラの同級生もいました。

また、当時は芸能人(ミュージシャン)が多くいたのも事実です。

余りに多すぎますので、ここではお名前は割愛いたします。

ただ、今夜放映されたテレビ東京の『日本橋~宇都宮100㌔ “日光街道”歩き旅!』に、女優のかたせ梨乃さんが出演されていました。

梨乃さんは、外国語学部英語学科中退です。

彼女は、学生時代から、モデル等芸能活動をされていました。

当時、大学では大評判だったようです。

知名度からではなく、その容姿からです。

もちろん超美人でしたが、歩く姿、身のこなし、とにかくオーラを振りまいて大学内を闊歩していたということです。

最近の情報では梨乃さんは、性格がすごく良くて、スッタフ、共演者からの受けが大変良いとのことです。

先輩として、うれしい限りです。

そうです!

その他に、獨協大学出身の有名人を挙げなければなりません。

今や、名司会者となられた、小倉智明さんです。

いろいろな点で私と共通点がありますので、応援をしています。

ただし・・・

小倉さん・・・

小倉さんがフランス語学科に進んだのは、英語学科を落ちたからという情報は封印していただきかったと・・・

今は分かりませんが、私の時代は、外国語学部(ドイツ語、英語、フランス語)を第一志望、第二志望と選択できたのです。

そして、英語学科だけは、群を抜いて偏差値(当時はこの言葉すらありませんでしたが)が高かったのです。

当時から、獨協のESSの活躍、レベルの高さは、日本の大学の中でもトップレベルでした。

ゆえに、外国語学部を受験してくる生徒のおそらく70~80パーセントは英語学科志望だと思います。

それで、第一志望の英語学科を落ちた人が、ドイツ語、フランス語へと流れてくるのです。

私のドイツ語学科の同級生も8割がそうでした。

特に、女性は90パーセントだったかもしれません。

大体、当時の女性で大学でドイツ語(語学)を勉強したいという生徒は、ほとんどいなかったでしょう。

ただし、ヘッセやハイネやゲーテに傾倒し、またドイツ文化に憧れを持つ人は、多大学の文学部を目指したと思います。

しかし、私は第一志望も第二志望もドイツ語でした!

実は、私が昔住んでいた公団住宅の隣に居られたのが、中央大学の有名なドイツ文学の教授だったのです。

また、奇遇なことに、その先生は、私の祖父の旧制高等学校時代の教え子だったのです。

全くの偶然でした。

私の祖父は、心理学、哲学、そしてドイツ語も教えていたのです。

私と、ドイツ語との縁は、実は自然でありました。

また、その先生が中学生の私に貸してくださった、先生が訳された本に大変感銘を受けたのも事実です。

その本は、児童文学者、エーリック・ケストナーの『飛ぶ教室』でした。

クリスマスシーズンの学校で起こる大小の事件を、寄宿舎に住まう生徒たちが知恵と勇気をもって、解決していく物語でした。

その本を読み終えた私は、まだ見ぬドイツに思いを馳せることができました。

シーンが、まるで現実のように脳裏に刻み込まれたのです。

私が、ドイツにいるかのように景色、情景が浮かんでくるのです。

その本を読み終えて、中学校の作文に提出しました。

先生は、大変感動して、県の作文コンクールに出品したようです。

結果は、分からなかったですが・・・

ということで長々と、結局私の大学時代の話を書いてしまいました。

基本、一度書き出したら止まらなくなる癖が私にはあります。

そうです!

これから、この拙ブログで、私の独断と偏見で、少し世相を斬らせていただこうとも考えております。

しかし、もしかして、読者が増えると同時に、炎上(以前の弘田三枝子事件と同じに)するかもしれません。

まあ、失うものもありませんので、挑戦してみます。



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2017年3月24日雑記 

現在花粉症が最悪です。

のどの痛みと、くしゃみ、鼻水、全身の倦怠感・・・

毎年、この時期は最悪なのです。



ところで、先日9日~10日と大学時代の同級生4人で、熱海に行ってきました。

当日も、私は花粉症で心身ともに衰弱状態!

私の顔を見た仲間は、そのひどさに絶句していました。


ホテルは、駅から徒歩2分という近さ。

今回初めて利用しました。

しかし、その込み具合は最悪、何とチェックインは1時から受付です。

部屋に入れるのは3時なのです。

また、フロントの従業員のサービス態度も今一でした。


我々4人は、恒例の付近の蕎麦屋で酒盛りであります。

大男3人がいると、とにかくうるさいのです。

私は、ハラハラ状態でした。


そして、ホテルにチェックインして、カラオケ、サイコロゲーム(!)と夕食まで楽しみました。

夕食は、恒例のバイキングでした。

味は、結構良かったです。


翌日、二人は脳梗塞で入院している仲間を見舞いに、石川県の金沢へ行きました。

私は、もちろん東海道線の普通で帰宅です。


この大学時代の同級生との旅行もこれで5回となりました。


途中、仲間の一人が癌で他界しましたが、新たに大男のOが加わり4人に戻りました。

また、新たに仲間の合気道部の同僚のSが加わるかもしれません。


現在は、リタイアして栃木の那須で暮らしているとのことです。

また、彼の義姉は東大出身なのです!

まあ、どうでもいい情報でありますが・・・


次回も、熱海(とにかく交通の便が良く、都心から近いのが魅力です)にするつもりです。

但し、今回のホテルではなく、私が二回ほど利用した、海辺のホテルにするつもりです。

そして、バイキングは辞めました。


仲間はどうもバイキングには向いていないようです。

特に、社長のSは、ほとんど座っているだけ!

仲間が取ってきたのをつまんでいるだけ!

量も食べない!

とにかく、大食漢の私の五分の一位!


そうでしょう!

一泊3~5万円の宿を利用しているのですから。


という訳で、和食膳にするつもりです。

もちろん、Oの分の半分は私が頂くという利点もあります。

時期は、9~10月になるでしょう。


サッカーW杯予選で日本が勝ちました!

アウェーでの難しい戦いでしたが、久保らのゴールで2-0で勝ち点3をもぎ取りました。

それにしても、久保は今や、日本の切り札的存在になりました。

それにしても、混戦は続きます。


先ほどYouTubeを見ていましたら、昔一世を風靡しました『ゴールデン・ハーフの現在』がアップされていました。

それぞれの現在の情報が織り込まれていましたが、リーダーの小林ユミさんの情報がありません。

ユミさんの情報は、ネットでもほとんど流れていません。


実は、以前にもこのブログで紹介しましたが、私の会社の同僚でした。

彼女は日産のコマーシャルで活躍後、結婚し、芸能界から完全に引退しました。

そして、西武百貨店渋谷店に出店した日本初上陸のフランスのルノートルで働き始めたのです。


ルノートル日本店は西武百貨店と契約を結び、レストラン西武(当時)が運営していました。


最初に出店したのは、西武池袋店でした。

そこのメンバーに私も加わりました。


元来、口下手で、接客業が大の苦手の私には、毎日が修練の日々でした。

しかし、アルバイトの女子大生との飲み会が、癒してくれたのは事実です。


とにかく、延べ30人位のアルバイト女子大生との飲み会は100パーセント実現しました。

当方の男性メンバーはいつも大体固定していました。

私は、サロン・ド・テで接客でしたが、他のメンバーはパン職人さん、ケーキ職人さんでした。


そして、同僚の女子社員の方は一度も誘ったことがありません。


実は、この事実が、その後の私の女たらしの風評となったようです・・・


もちろん、飲み会は複数(3人以上)で、健全なものでした、ホントです!


そして、一年程して、渋谷店に転勤となりました。


そこに、小林ユミさんが勤めていました。


最初の印象は、う~ん・・・素人の笑顔ではないな!

そうです。


芸能人は、笑顔の作り方が訓練されており、分かる人は分かるのです。


また、スタイルも足が綺麗で、歩き方も訓練されているようで、周りの女性とは一線を画していました。


私の歓迎会で、彼女が歌った歌がものすごく、肉食系でびっくりしたのを覚えています。

ナンバーは「ハウンドロック」でした。

迫力が半端ではありませんでした。


業務中には、私のサロンド・テにも友人の芸能人が来ていました。

その中でも、大楠道代さん、元青い三角定規の西口久美子さんがよく来店されていました。

また、女性雑誌の取材の方も見えていました。


実は、私は、ユミさんが、元ゴールデン・ハーフのメンバーだということは、私が退社するまで知りませんでしたし、関心もありませんでした。


ユミさんは、飲み会の帰り、住まいが同じ東横線でしたので、二人きりで帰ったことがあります。

釣り革につかまりながら、仲良く話をしてて、私がしばらく横を向いた瞬間に、彼女は姿を消しました。

おそらく、不倫に発展するのが怖かったのでしょう!(それでないと、何か切なさがの残ります!)


そして、私が会社を退職する最後の日に、各女性にお別れの挨拶に回りました。


ほとんどの女性は、私を無視していました。


そうなのです・・・私は当時女性から総スカン状態だったのです!

まあ、かなりの誤解があったことと思われますが・・・


しかし、ユミさんは、名残惜しそうに私にお別れの挨拶をしてくれ、担当していたパンをたくさんくれました。


そうです!


ユミさんだけは、天使に見えました!


現在は、消息は分かりませんが、風の噂によりますと、娘さんが芸能界にいるような・・・


それにしましても、私の女性に関するトラブルは、歴史があるなと・・・


これだけは、伝えておきたいのですが、確かに私はスケベで、フェミニストであります。


しかし、ある境界線までで、それ以上の状況からは逃げ出す傾向にあります。


そうであります!


お金は、自分に投資するのです!


今日は、久しぶりに泌尿器科の検診に行きます。


女性助手のセクハラ(!?)にめげずに頑張ります!







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2017年2月25日雑記 

2月も残り少なくなりました。

私も16日で1歳加算されました。

若い頃は想像もし得なかった年齢です。


昔から懸賞はがきを出すのが好きでした。

その際、年齢を書きます。

15歳、18歳、22歳・・・30歳・・・40歳・・・50歳・・・

そして、現在は67歳です。

不思議な感覚です。

世の皆さんも同じ感覚をお持ちなのでしょうか?


3月9日~10日で、年2回恒例の大学時代の同級生の一泊旅行へ行きます。

今回は熱海です。

前回は伊豆長岡でしたが、足の便が良いことで熱海にしました。

基本、観光はせず、昼から酒とカラオケとチンチロリンです。

今回のホテルは駅徒歩2分です。

ホテルからのロケーションは今一ですが、何しろ駅近というのが最高です。


この時期、各企業は人事異動です。

私の勤める百貨店も御多分に漏れません。

今回も、正社員の方が相当数移動されます。

大変フレンドリーにしていただいた方も多く、大変さみしい気持ちです。

特に、女性の社員さんとの別れは、一層胸にこたえます(またか!この女たらし!・・・と、同僚が言っておりました。)

まあ、しかしこの歳で、女性に胸をときめかせ、ツンデレになっている自分が、そう悪いとは思っていません。


コーラスライン


先日、録りためていたDVDの『コーラスライン』を鑑賞しました。

ダンスのオーディションを舞台上で再現させたブロードウエイミュージカルの映画版です。

各ダンサーの私生活やら、悲しい、辛い生い立ちを、オーディションの舞台上で採用担当ディレクターが聞き出すのです。

出演者の演技もダンスも素晴らしい映画でした。

私的には星4つです。


ただし、一人でスターという天地を求めて旅立ったこのディレクターの元恋人のダンサーは必要であったか?

彼女は、一時期スターとして活躍し、現在は歳を重ね、再びこのディレクターの下で、オーディションを受けるのです。

確かに、彼女が登場しないと、一つ芯が抜けるような気はします。

しかし、それが見え見えで、無駄な芯は不必要ではないかと思います。


オーデイションに合格したのは僅かな人達です。


最後の方の場面で、大勢のダンサーが一堂に会して踊る場面がありますが、おそらくオーディション応募者全員なのでしょう。


最後は、勝ち負けはなく、一合一会の共通したモチベーションの結実を覚えました。(少し支離滅裂?)

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